福島乳幼児・妊産婦ニーズ対応プロジェクト (FnnnP)

本プロジェクトは、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電事故後、放射能汚染等による健康被害の不安を抱えて避難している乳幼児や妊産婦のニーズに対応することを目的としています。

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■栃木県ニーズ調査 4月報告(1~概要、結果)

以下、4月中に栃木県で行った「福島乳幼児・妊産婦支援プロジェクト」との合同調査結果の報告です。
作成者:阪本公美子、津田勝憲 作成日:2011年5月1日

1.栃木県内における避難所の状況
1-1. 4月の避難所の状況(表1参照)
・栃木県においては、24市町48ヶ所に避難所があり、1,040人の避難者がいた。そのうち、福島県の避難者は1,029人であった(栃木県ホームページ4月13日現在)。
・栃木県は、4月を目処に一次避難所を閉鎖する方針を決定しており、二次避難所に誘導していた。そのため、4月1~3日にアンケート調査を行い、4月18日と19日に福島県が栃木県とともに閉鎖予定の全避難所で説明会・聞き取り調査を行った。
・乳幼児・妊産婦がいる23ヶ所の避難所に電話確認したところ、19ヶ所の避難所は4月中・4月を目処に避難所の解除が予定されていた(4月15日~25日)。なお、5月までが1ヶ所、7月までが2ヶ所、未定が1ヶ所あった。

1-2. 避難所における乳幼児・妊産婦の数
・栃木県・福島県が行ったアンケート調査の集計によると、23ヶ所に137名の乳幼児、2箇所に4名の妊産婦がいた(4月1~3日)。なお、県発表によると妊産婦は、別途20名、妊婦専用避難所住宅にいる(4月14日現在)。
・その後、避難所に4月25日の間に電話で問い合わせた結果、乳幼児は20ヶ所に87名となっていた(4月15日~25日)。

2-2. 避難所の乳幼児父母・妊産婦
5つの避難所で、12世帯に行ったインタビュー対象者の内訳は、以下の通りである。
・避難所にてインタビューを行ったが、生活相談の情報を得て避難所にもともといた母親・妊産婦が相談に来たり、避難所に姉を訪れていた妊産婦ともインタビューを行う機会があった。避難所(9世帯)、市営(3世帯)
・インタビュー相手:母親(10名)、妊産婦(2名:うち一人は乳幼児の母親)、父親(2名:うち一人は夫婦)
・乳幼児:未就学乳幼児(20名)、就学年齢児童(1名)
・出身地:南相馬市(4世帯)、いわき市(3世帯)、楢葉町(2世帯)、浪江町(1世帯)、葛尾(1世帯)、郡山(1世帯)
・原発からの距離:20キロ圏内(4世帯)、20-30キロ圏内(5世帯)、30キロ圏外(3世帯)
・一緒に避難してきた単位:拡大家族(6)、夫婦各家族(3)、夫を残して(2)、母子家族(1)

2-3. 聞き取り・協議を行った主な行政担当部署・市民団体など
・栃木県災害対策本部
・福島県災害対策本部(栃木県出張者)
・栃木県保険福祉部医療厚生課
・宇都宮市自治振興部
・日光市災害対策本部
・日光市健康福祉部子育て支援課保育係
・宇都宮市民活動サポートセンター、宇都宮まちづくり市民工房
・とちぎ市民活動推進センターくらら
・社会福祉法人栃木市社会福祉協議会
・小山市ボランティア支援センター
・小山市市民生活化市民協働推進係
・日光市社会福祉協議会ボランティア・福祉教育推進センター
・栃木労働局ハローワーク宇都宮
・ハローワーク宇都宮宇都宮公共職業安定所
・NPOおせっかいハウス
・栃木県立大平少年自然の家
・その他、避難所担当者

3.聞き取り結果
3-1. イッシュー
聞き取り協力者は、避難所の生活について概ね満足しており、住環境、食事、物資などについては、顕著な問題はなかった。姿川では体育館に畳と仕切りが迅速に提供され、小山では暖かい食事が提供された。イベントも多く開催され、子供たちも自由に遊んでいた。壬生では、地域からの食材の提供があり、地域の人との交流のある中で避難者が自炊する生活を営んでいた。足利でも、さまざまなイベントが開催され、ボランティアに関しても情報を事前に周知され、避難者の積極的な参加が見られた。日光市もで、朝のミーティングで避難者の状況把握や情報提供が行われていた。ただ、物資については、育児時のニーズとして、おんぶヒモ、母乳パッド、男児用スボンなどあれば助かったという内容が若干あり、一部避難所ではインターネット環境やファックス等の情報端末が整っておらず、情報面で不便は若干あった。とはいうものの、むしろ、後述の通り、今後に対する不安や、仕事とマッチした生活支援に関するサポートが不十分であった面の方が際立っていた。

(1)4月末で避難所が閉鎖された後の行き先
すべての聞き取り協力者に共通した心配事として、4月に避難所が閉鎖され、その後の行き先が決まっていないことが挙げられていた。4月はじめに県によるアンケートがあり、旅館・ホテルか、公団かいずれかの希望が聞かれ、4月18-19日に福島県による説明会が行われたが、生活環境に関する情報提供がない中、行き先の選択を迫られているための戸惑いが感じられた。
(ア)情報不足
判断が急がされているにもかかわらず、例えば選択肢に挙げられているホテル・旅館や公団周辺の保育園・幼稚園・小学校、医療サービスに関する情報は全く提供されていなかった。また、ホテル・旅館の場合、離乳食や洗濯がどうなるのか、という説明も全くなかった。さらに4月中の移動という情報にもかかわらず、行き先地域については知らされていたが、ホテル・旅館名ですら直前まで知らされていなかった。
(イ)30キロ圏外の場合
県の説明では、30キロ圏外の避難者に対しても旅館・ホテルへの移動を希望するか、公団を希望するか、福島に帰ることを希望するかを聞いてはいるというが、30キロ圏外の避難者にはいずれの選択肢もためらいがある。さまざまな要因が複雑に絡んでいるが、福島県や栃木県が誘導の過程で「福島にもどっても大丈夫なのではないですか」というような発言を当事者にしていることも背景にあると考えられる。また、公団で一から家具を揃え、光熱費や生活費を負担をするためらいもある。さらに、政府補償の対象外であるため、仕事をせず生活することは難しく、旅館・ホテルを希望する世帯は限られていた。
(2)保育園・幼稚園・託児
ほとんどの聞き取り対象者が、保育園、幼稚園、託児所の重要性を訴えている。
もっとも生活上必要であったのは、母親が仕事をする必要があるため、保育や託児が必要である、というニーズであった。多くの聞き取り協力者は、子供の教育の継続性を問題視していた。避難所で保育園・小学校に通わせはじめた聞き取り協力者もいる一方で、避難所が4月末で閉鎖だと知っているため保育園・幼稚園への入園の申し出があったにもかかわらず断念した方もいる。そういった意味で、行き先において保育園・幼稚園に関する情報がなく、ホテル・旅館に移動しても数ヶ月でさらに移動が促される状況があるため、継続性に不安がある。
 足利市に居住を決めた聞き取り協力者は、地域に保育園がなく、幼稚園しかないため、授業料が高く、あきらめざるを得なかった。市に問い合わせたところ、民間なので個別に交渉せねばならないという。
(3)公団などにおける家財道具
公団に入ることを躊躇している最大の理由が、家財道具を一から揃えなければいけないことである。一部自治体では、社会福祉協議会が家具を市民から集め提供していたが、必ずしもすべてにおいてそのようなニーズと市民の協力がつながっていない。妊婦に特別に用意された住居も、家財道具が用意されていない公団であり、妊娠中、一から生活のために家財道具を揃えなければいけなかったという。
(4)補償・収入
・全く補償のない30キロ圏外の避難者にとっては、仕事をして収入を得ることが重要であるが、避難所における積極的な情報提供はない。最初から、自活し生活基盤を栃木などで整えることを決めていた世帯では、本人が積極的にハローワークに出向いて仕事を決めていた。しかし、それは子供をみることができる母親がおり、父親が仕事をきめてきたパターンである。他方、シングル・マザーは、子供を預けないと就職活動すらできないため、託児所や保育園が自活ための必要条件となる。
・夫が福島で仕事をしており、母子で避難しているパターンも栃木県内では多くみられた。一部、自営業(食品販売)で、今後の仕事の継続に悩む世帯もいた。また、夫の給料だけで家族全体を支えるのが難しい場合も多く、妻も子供を保育園などに預け働きたいという希望もあった。
・仕事を得た聞き取り協力者からは、ハローワークの「移転費」が避難所から勤務地のみカバーしているため、福島県の住居から新しい勤務地への移転費の対象とならず、実態に即していない状況が明らかになった。
・補償が明示された30キロ圏内の家族も、未だ支払いが行われておらず、現金がなく、生活も容易でない。避難所に説明にきた東電の社員は、質問にも答えられなかったという。
(5)心身・精神の健康
避難所における健康については、保健師や医師の巡回もあり、大きな心配はないようである。ただ、避難所においてインフルエンザやノロウィルスが流行した場合の心配はあった。また、30キロ圏外の場合、医療費が原則有料であることも更なる負担となる。 地震や津波を経験し、子供たちの精神的な負担を心配する親も多かった。4世帯が子供の異変に気がついており、心配をしていた。
聞き取り協力者の2人は、本人がストレスを抱えていた。うち一人は公団に一人で入っているため、精神的なストレスを抱えている妊産婦である。また、公団に入っている時期も、出産するまでの時期とは異なるため、出産をどこでできるのか、という心配もあった。さらに、子供への差別を不安視する声もあった。
(6)情報
避難している家族は、さまざまな情報を求めている。
二次避難所に関する情報、補償に関する情報、生活支援に関する情報(就職など)、子供の教育(保育園・託児所・小学校)、医療に関する情報、安否確認に関する情報、そして当事者間の情報交換などである。補償や補助金に関する各種申請書は、コンピューターによるダウンロード形式になっていることが多く、インターネット環境のない場合は困ることがあるという。多くの避難所ではインターネットに接続したコンピューターにアクセスできるが、今後、自活して民間のアパートなどに入った場合、情報が入ってこないかもしれないという懸念もある。
 携帯電話に関しては、多くの避難者が所持しているが、料金節約のために利用を減らしている現状もある。震災当時は、友人間で連絡を取り合っていたが、携帯電話が無料だったのは3月末までのため、利用を控えていた聞き取り協力者もいた。
(7)福島県にもどる不安
避難所の閉鎖を機に、福島県に帰らざるを得ない状況の家族もいたが、不安をかかえながらの帰宅と言わざるを得ない。旅館・ホテルは、福島県内の仮設住宅ができるまでの期間の中継ぎとして、福島県・栃木県に用意されているが、子供とともに福島県にもどることを危惧している避難者もいた。とりわけ南相馬市の避難者は、原発から30km圏のすぐそばに仮設住宅が建設され始めており、子供とともに避難している避難者は不安を抱えている。
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